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2012年9月の2件の記事

卑劣です!

食べマルシェでにぎわう16日.

おそらく,その日だと思われますが,車のドアをぶつけられました...

しかも,逃げられた...かなり,凹んで初めは白い塗装の車のドアかと思ったら,

ダンナさん曰く,私の車の下地が出て白くなっているのでは...とのこと.

その日,運転手はダンナさんで食べマルシェに行ったり,ベストムに買い物に行ったり.

おそらくは三条通りの駐車場に止めている時かベストムに買い物にいて止めていたとき

だろうと思います.私の運転出番は一度もなかったので気が付きませんでした(>_<)

卑劣というか,非常識というか,これだけの傷をつけたら,かなりの音がしたり

自分の車のほうもキズついたのではないでしょうか?こんなにひどいキズで

逃げれる神経が知れません!!

私は普段,自分で乗っているにも関わらず,車好きなわけでもありませんが,

ショックです!!車がこうなってしまったことにも腹が立ちますが,これを逃げて過ごしている人の気が知れないなぁーと思っています.

で,当て逃げを探す方法,どう対処すべきかを色々調べてみました.

やっぱり,泣き寝入りが多いですね.その理由の大半は,警察が動いてくれない・・・

人身にでもしないと,届を出しても犯人が見つかるのは奇跡に近いくらいだそうです.

でも,中には当ててしまった方が一時間もその場で車の持ち主を待っていた,とか,

目撃者の方がメモに当てて逃げた車の車種やナンバー,その時の状況などを詳しく書いてフロントガラスに貼っていてくれた,民事になったら証言に出向いてもいいと言ってくれた方がいた,など.

結局,今回の私の場合は,やられた場所もはっきりしないし,警察に届けても無理かな?とは思っていますが,一応,思い当たる駐車場には防犯カメラがないかどうかの確認はしようと思っています.あれば,何か映っているかもしれないし...

もしももしもそれが映っていたら,それを証拠に警察に届ける!かな?

私が加害者ならどうするだろう??

その場で相手を待つかな?

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夏の記録 ~一生忘れられないこと~

この夏は私にとって忘れられない.

私と娘,私たち家族にとっての大切な人とお別れしました.

と,言っても一生の別れではないけれど,ほぼもう会えることがないかも・・・です.

あっちが寒い冬に生まれて,3か月の時,風邪をひきました.
生まれる前からかかりつけにしようと決めていた,いつも混んでいる近所小児科.

症状は一向に改善せず,切羽詰まって休日の当番小児科に連れて行った時,大きな病院に今すぐ行くように言われました.
行った先の病院では,すぐに入院になり,酸素テントがつけられた子供用の大きな柵付きベッドに入りました.

そこから始まった私たち家族にとっての長い長いトンネル.

そして,命の恩人の主治医に会った瞬間でした.

クループ症候群,肺炎,喘息・・・その入院後も頻繁に風邪を引いてはこじらせ,入院.
仕事復帰しなければならず,3か月で入園した認可保育所も通えたのは一か月にたった1日のみ.保育料がスイートルーム代のように高かったなぁ~!

あまりに頻繁に気管支喘息,肺炎で入院になり,あっちが家にいられる時間は合計でも一か月に一週間あるかないかでした・・・あとの日は病院のベッドの上.

10日前後入院しては退院後に数日家で過ごして,また喘息,気管支炎で10日前後入院しては退院の繰り返し.

何度目かの入院の時主治医に免疫の検査をさせてくださいと言われ,検査を受けました.
結果,特定の免疫の数値がないに等しいくらいだと言われました.その免疫は日常に居るような細菌たちに対するものでそれが低いために感染が重症化しやすい体だということ.

治療としては,免疫グロブリン(血液製剤)を体に入れて,人工的に免疫を補ってあげること,しかし,必要なのはわかっているけど,安全なのかもしれないけど,当時まだ薬害エイズだのB型肝炎訴訟だのが話題として世の中で話されていた頃で,医療人の私はともかく,パパさんは全く納得できませんでした.

ただでさえ,自分が産んだあっちの体のそんな事実を知った私はショックでしたし,傷つきました・・・両家では(悪気はないのでしょうが)「うちには血縁にそんな人はいない!」「誰に似たんだろうね?」「なんであっちが?」と,産んだ私が責められているようで,入院するたびに,見舞いに人が来るたびに・・・言われていました.

喘息は主に夜に咳が出て発作を起こすことが多く,日中に何ともなくても夜間救急外来に駆け込むことが多いです.しかし,夜間当直医には「なんで,昼間連れてこないんだ!」と怒られたり,前日の夕方にちょっと咳をしてるかな~?な感じで翌朝にはゴホゴホしていて慌てて病院に連れていくと「なんでこんなになるまでこなかったんだ!肺炎で(レントゲン写真)肺が真っ白だ!」と怒られたこともありました.

それでも,私・・・仕事続けていたんです.何度も辞めようと思いました.でも,責任あるポジションにいたこともあり,乳幼児はいくら医療費が助成でただとは言え,入院中の親の食事代や付き添いで家を留守にする間のパパさんの食事代など,別な意味でかかってくる費用は誰も負担してくれません.経済的にも働くしかないです.

病院(入院先)から病院(勤務先)に出勤して,病院から病院に帰り,一晩付き添いをし,小児用の柵付きの小さなベッドであっちと一緒に寝る.(寝るといっても満足に寝られる環境ではないですが(^-^ゞ)そして,翌朝また病院から出勤する.毎回毎日,それを繰り返していました.
救いだったのは.入院先の病棟のスタッフの方は皆さん,とても良くしてくださって,まだミルクの時は食事を親の分に振り替えてくださったり,シャワーや洗面なども本当は使用時間が決まっているのに配慮して仕事の帰宅後に使わせて頂けたり・・・
付き添いも私が仕事の日中は私の母(実母と義母)どちらかが地方から出てきてくれて,我が家に宿泊して朝私と入れ替えに付き添って協力してくれました.本当に感謝しています!

1回の入院は7~10日でしたが,入退院を繰り返すような状態で,とうとう入院時に主治医に怒られてしまいました.「このままでは日常生活送れません!今すぐに旦那さんに連絡して(グロブリン治療)に承諾してもらって下さい!」
今でも忘れません・・・病棟ロビーの公衆電話から仕事中のパパさんに電話で話して了解してもらったこと.

でも,おかげで少しずつ喘息や気管支炎,肺炎,中耳炎の回数も減り・・・それでも,入院はしましたが,いつしか,開き直っていて,家には入院セットなる入院に必要なものが入ったバッグをいつも用意して,夜間救急外来にかかるときには入院セットを始めから持って受診していました.
グロブリン治療も退院後は,毎月1回,日帰りで入院して一日がかりでグロブリン点滴をして治療を続けました.

体ってすごいなぁ~と思ったのはその頃.毎月の入院が近づいてくると,免疫値が下がるのか,きまって風邪を引いたり中耳炎になったりと感染します.
入院は年長さんくらいまで続いて,日帰り入院を入れても20回くらいまで数えましたが(^-^;わからなくなりました.中耳炎は右耳を25回切開したところで数えるのをやめました(^-^;

グロブリン治療を2歳近くまで続けて,おかげで予防接種はなかなか出来なくて,すっかり遅れてしまいました.治療終了後も定期的に外来受診をしながら今日まで来ました.

10年間,ずっと変わらず診てくれた先生.とっても素敵な女性で,入院の時もいつも励ましてくれました.日中回診時には仕事でいない私のために診察の結果や治療方針,検査結果などを手紙で残してくれていました.退院時まで一度も会わないこともありました(笑)

「きっと大きくなれば抵抗力つくから(*^-^*)」 「小さな時弱い方が大きくなったら丈夫になるよ(*^-^*)」 「人は一生のうちで接触して風邪をひたりする菌の数は決まっていると思う,だから引いたもん勝ちだよ(*^-^*)」なんて励ましてくれて・・・

勤務医なのでいつかは転勤で居なくなってしまうかもしれないと,一度きちんとお礼を伝えたいと思っていた私は,定期外来受診時に先生に手紙を書いて渡しました.
「先生がいつもきちんとあっちにも説明をしてくれる,声をかけてくれる診察がとてもうれしかったこと」 
「いつも○○のお薬を出させていただきますね~と押しつけではなく,尊重してくれるところをとても尊敬していること」
「体調が安定してきて,定期外来受診がやっと,3か月~6カ月に1回に延びた時,お母さんもよく頑張りました!と,あっちだけでなく私のことも褒めてくれたことがすごく嬉しかった事」

この夏,先生から手紙が届きました. 急に転勤することになりました.私から以前渡した手紙,先生は大切に持っていてくれて,しかも,仕事で辛い事があった時に何度も読み返したと,励みになったと.

読んだ時,悲しいのと嬉しいのとで涙が止まらなくて・・・(>_<)

仕事を抜けて時間を作って,もちろん!あっちと病院に会いに行きました,お別れを言いに,きちんとお礼を言いに!
先生の顔見ると込み上げて来るものを抑えられずに不覚にも泣いてしまった私(>_<)

そこでも先生は,きょとん顔のあっちに「不思議そうだね~,でも,あっち,ママ大変だったんだよ~,お仕事しながらあっちと一緒に頑張って・・・」

嬉しかったな~♪ わかってくれてる人がいる.一緒に頑張ってくれてた人がいる.

先生がいなかったら,我が家は家庭崩壊?もあり得たかも(笑)

世の中にはもっと大変な病気を抱えて頑張っている人はたくさんいるかもしれません.
でも,これは我が家基準の大きな困難でした・・・って今は過去形です.

4歳頃に私が先生ばかりに頼っちゃいけない!私も自分の子供を守るために努力しようと勉強し始めたアロマセラピーのかいもあって,今は季節の変わり目の体調変化に注意するだけでほとんど風邪も引かないくらいの元気なあっっちです(*^-^*)

先生!ありがとうございました!先生に最後にあっちが渡した手紙.
将来,医者かパティシエになりたいです.と,書かれていた(見ちゃいました(^-^ゞ内緒ですが)あっちの想いが届けばいいな~と思います.

 

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